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駐日ハイチ代理大使ウィネアー・ジャン・バティスト氏インタヴュー(3)
インタビュー(1)はこちら → インタビュー(1)
インタビュー(2)はこちら → インタビュー(2)

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駐日ハイチ大使館臨時代理大使ウィネアー・ジャン・バティスト氏(以下 代理大使):さて、では伝染病についてお話することにしましょう。昔は、水を飲むときには必ず煮沸するという習慣があったのですが、昔からの習慣・文化に従わない傾向がありますから、現在のような状況でも、煮沸しないで水を飲むので、コレラにかかったりするわけです。

インタビュアーY(以下Y):それも重要な原因かもしれませんが、それだけではないのではありませんか?大地震の後には、キャンプに住んでいる人たちが多いわけでしょう。そこでは、きれいな飲料水を飲める状況は整っているのですか?それに、先日の大洪水では、キャンプに住むことさえ難しい状況なのではないかと想像できます。ですから、そのような中では、水を煮沸するために必要なものも揃っていないのではありませんか?

代理大使:飲み水についてお話しますと、主に赤十字なのですが、5月まで無料で飲料水を提供してくれておりました。ですが、5月からは無料でなくなっているのです。ドイツ、アメリカ、フランスの赤十字などが、ハイチ救援のために資金を集めてくれ、トラックも使うことができました。

Y:日本からは飲料水の提供はあったのですか?

代理大使:そうですね。日本だけではありませんが。たとえば、日本の非政府組織、特にAAR、この組織は、国境近くで活動をしている組織なのですが、水と衛生のための備品を提供してくれておりました。石鹸や、女性の生理用品などですね。それらは無料で、5月まで提供されておりました。

Y:これらすべての提供が、5月以降ストップされたということですか?

代理大使:水がストップされました。それまでは、水を運ぶためのトラックが日に2、3回は来てくれていたのですが、それがストップされました。路上では、いまだに150万人がキャンプ生活しておりますけれどね。それらの人たちは、そこで飲み水と食べ物の無料の提供を受けておりました。ですが、それが5月までで終わってしまったんです。引き続き提供を受けることはできます。ただ、それは無料ではないんです。

Y:ということは、仕事のない人たちはどうなっているんでしょうか?

代理大使:もともと、この国は失業の国なんです。大地震が起きる前の状態で、すでに、失業率は60から70パーセントでした。

Y:大地震の前にですか?

代理大使:そうです。地震のみが失業者を作ったわけではないんですよ。この国では、失業は慢性的なものなんです。

Haiti4
(©; Medecins du monde)

Y:もう一度確認させていただきたいのですが、大地震の前の失業率を、あなたは60パーセントとおっしゃったのですか?

代理大使:そうです。

Y:ということは、国民の半数以上が失業者だったいうことになりますが。

代理大使:その通りです。

アンジェル・トーガサさん(以下トーガサさん):ポルトー=プランス(首都)は別ですけどね。

Y:国を管理するのがかなり難しそうですね。

代理大使:ハイチは、産業国ではなく、文化は、お話しましたように最近はないがしろにされていて、人々は仕事がない状態で、仕事を得るには、教育を受けることが必要ですが、大学について言いますと、地震前は、10ほどの高等機関がありましたが、それらは破壊されており、非常に高い教育を受けられるレベルの若者たちも、現在は、教育が受けられない状態です。通常は毎年、60,000人から100,000人、大学で教育を受けられる状態の若者がおりますが。

Y:ハイチには、大学はいくつあるのですか?

代理大使:国立の大学は、11の学部があり、それに10ほどの高等教育機関があります。

Y:それらは、すべて大学なのですか?

代理大使:そうです。大学という名前はついております。ですが、実際のところ、それらは歴史が新しい機関ですから、大学と呼ぶに足るだけのものを備えているとは言いがたいです。3つか4つの機関が、大学と呼べるような機関だと言えると思います。

Y:その状況は、私にとっては不思議ではありません。たとえば、私は仕事でセネガルに関わってまいりましたが、セネガルは、アフリカでは経済的に進んだ国のひとつだと思いますが、国の中にある大学は二つだと聞いておりますから。

トーガサさん:大学機関は多くはありませんが、それでもビジネス・アドミニストレーションスクールなどもあり、これはしっかりとした教育が受けられる機関です。

代理大使:つまり、私が言いたいことはですね、地震後の問題として、失業がさらに増えたということだけでなく、大学に行ける人たちも教育を受けられない状態で、路上生活をしているということです。
ですから、この状況を改善するためには、奨学金も重要な要素ですね。セネガルは、とても大きな貢献をしてくれています。セネガルは、ハイチに対し、100ほどの奨学金を提供してくれているんです。


Y:その奨学金は、勉強を続けていくためのものですか?

代理大使:大学での奨学金です。国立の大学用のものです。レソトと呼ばれる奨学金もあります。アフリカに行って教育を受けられるようにするための奨学金です。日本の品川区も、奨学金を出してくれていますよ。ご存知のように、地震後は、沢山の孤児ができましたよね、品川区は、孤児を支援するための奨学金を二つ出してくれています。ハイチでは、すべての家で親を亡くしてますからね。私も母を亡くしました。

Y:そうなんですか?

代理大使:すべての家庭で起きていることなんですよ。

トーガサさん:そうです。すべての家庭で起きていることです。

Y:お母様は、ポルトー=プランスに住んでいらしたのですか?

代理大使:そうです。

Y:地震は、特にポルトー=プランスで被害をもたらしたのですか?

代理大使:そうです。首都ですね。

Haiti1
(© REUTERS Eduardo Minoz)

Y:他の地域はなかったのですか?

代理大使:他の地域はありませんでした。

トーガサさん:ジャックメリアは被害がありましたよね。

代理大使:そうですね。ポルトー=プランスの近くにある小さな村です。そこでは、日本が支援してくれていて、配水管の修復などを進めてくれています。

トーガサさん:レオガンで、日本は復興支援をしてくれていますね。ポルトー=プランスの隣にある町です。配水管の修復支援ですね。

代理大使:レオガンのすべての配水管は破壊されていますからね。

Y:日本が特にそこで、配水管の修復という形で復興支援をしているということは、レオガンがその点で一番被害が大きかったからですか?

代理大使:そうです。住民約5000人のとても小さな町です。ポルトー=プランスから30キロの位置にあります。ここが震源地だったんですよ。

☆☆☆

ここまでがレストランでの会話である。レストランを出ながら、改めて臨時大使が母親を亡くしたことに触れ、「お辛かったのではありませんか?」と言葉を向けると、彼はさきほどは話の途中で淡々と語っていたにもかかわらず、「ええ、それは辛かったですよ。」と少し顔を曇らせたが、すぐに、間違わないで下さいね、とでも言わんばかりの素振りでこちらを振り返り「誰にでも起きていることなんですよ。どこの家庭にでも起きていることなんです。」と繰り返した。それに対し、トーガサさんが呼応するように、彼の心を特に気遣っている風でもなく「誰にでも起きていることなんです。」とさきほどと同じ言葉を繰り返した。
被害に関する多くの正確な数字よりも、このような彼らの自然な反応から、むしろ、この地震とその被害の規模が肌で感じられたような気がした。

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2010/12/30(Thu) | 事務局より | トラックバック(-) | コメント(0) | page top↑
駐日ハイチ代理大使ウィネアー・ジャン・バティスト氏インタヴュー(2)
昨日に引き続き駐日ハイチ臨時代理大使バティスト氏のインタビューをお届けします。4回連続で…と考えていましたが、1~3は年内に、4~5は年始にupする予定ですので、最後まで続けて読んでいただけたら嬉しいです。

インタビュー(1)はこちらをどうぞ → インタビュー(1)

☆☆☆

駐日ハイチ大使館臨時代理大使ウィネアー・ジャン・バティスト氏(以下 代理大使)
:情報は、情報というものは重要なものですよね。というのは、伝染病、つまりコレラについてお話ししたいのですが、これはすべての国に起こりえるものですよね。


インタビュアーY(以下Y):その通りです。発生原因は分かっているのですか?

代理大使:はい。塵ですよ。それから河、水です。住民は水を飲みますからね。

アンジェル・トーガサさん(以下トーガサさん):塵なんですよ。人間がその中で生活しているんです。

Y:大地震の後、インフラストラクチャーが破壊されていて、それできれいな飲料水が得られないということが原因ですか?

代理大使:そうです。そうですね。

Y:特に、先日の大雨の後には、きれいな水を得るのは難しいのではないですか?

トーガサさん:日頃から水を煮沸してから飲むという習慣がついていれば違うのですが...

代理大使:昔は違いましたよね。

トーガサさん:そうですね。昔は住民はちゃんと煮沸してから飲んでおりましたね。

代理大使:10分ほど煮沸すれば、殺菌されますからね。昔はそうしていたのですが

Y:なぜ、現在はしていないのですか?

代理大使:赤ちゃんに、普通の水は上げませんよね。お腹をすぐに壊しますから。必ず、煮沸した水を上げるはずです。それは、水道から得られる水についてもそうです。昔は、赤ちゃんには、必ず煮沸してから上げておりました。哺乳瓶にもそうしなくてはいけませんよね。

Y:彼らがそうしなくなったのは、いつ頃からですか?ごく最近の変化なのですか?

代理大使:1980年代くらいからです。都会でも、田舎でもそうですね。

Y:何か理由はあるのですか?たとえば、何かそうした習慣を止めさせることになった事件か何か、そうしたことがあったのですか?

代理大使:お答えするのが難しいですね。

Y:そうですか。

代理大使:無頓着になった、不注意になったという言葉が適当だと思います.....昔は、もっと伝統的なものを国民は大切にしていたのですよ。年寄りの言うことに敬意を払っていたわけです。たとえば、彼女は、彼女のお祖母さんの言うことには耳を傾け、従っていたわけです。まあ、それはハイチに特別に見られる傾向というわけではないですが、世代間の断絶は重要なポイントですね。たとえば、自分よりも年上の人や叔母さんとかに会えば、昔は必ず頭を下げたものですが、今は、若者はしません。

Y:おそらく、それは世界中どこでもそうかもしれませんね。

トーガサさん:それはですね。若者が田舎を出て行くからです。そして、都市へ集中するんです。文化がなくなりつつあるんです。たとえば、昔は、田舎に行くと必ずコーヒーですが、茶道のようなものがあったんです。皆でテーブルに座って、コーヒーを作って...それは小さな儀式のようなものだったんです。

代理大使:日本の茶道のようなものですよ。

トーガサさん:ほとんど同じようなものですね。

代理大使:コーヒー用の食器や付属品をきれいに整えて。厳かな感じでさえあったんですよ

トーガサさん:ですが、若者たちはそうした田舎の文化を捨てました。

代理大使:茶道と同じように、厳かさと上品さを備えた習慣だったんですよ。

トーガサさん:このコーヒーの時間の習慣は、とても大切にされてきたんです。砂糖を買うお金も普段ない家に、誰かが訪ねてきたとしますよね。すると、この家の人は、すぐに砂糖を買いに行き、客人に必ずこの儀式をしたんです。

代理大使:つまり、この習慣・儀式を大切にしてきたんですね。僕は、広島と長崎に行ったとき、茶道の席にお呼ばれしまして、同じものではありませんがね、でも、その厳かさは、ハイチのコーヒーの儀式と同じものだと感じましたよ。

トーガサさん:貧しい家庭であったとしてもね、この儀式には敬意を払ってハイチ人たちは行って来たんですよ。必ず、食器一式をきれいにしたものを使ってね。ハイチ中、どこでも行われてきたんです。

代理大使:日本は、外に開いた部分と、堅固に文化を守っている面がありますよね。外には開けていなければならないと思います。

Y:グローバリゼーションが世界中で進んでいますから、文化はどこでも失われつつありますよね。

代理大使:そうですね。その言葉はぴったりですね。グローバリゼーション、つまり単一化は、肯定的な面もありますが、文化の面では、否定的に捉えられる点が多く見られますね。

トーガサさん:日本は、西欧の文化を全面的に受け入れて来ましたが、しかし、家の中では、祖父母が居て、日本文化を引き継いで来ていますよね。近代的な家であっても、すべての家では、私が日本に来たときですが、1963年に私は日本に来ましたが、すべての家に畳の部屋がありました。少なくとも一部屋は畳の部屋がありましたね。コタツやそんなものがあって...

Y:ですが、やはり、日本でも、若者層は....

代理大使:変わったということですか?どこでも、ある程度はそうですがね。

トーガサさん:ですが、私が感じるに、生活の仕方にいまだにとても日本的だといえるものがあると思うんです。たとえば、家の中では、夏と冬では、スリッパを変えますよね。食器も四季ごとに変えたりします。

Y:それは、文化というよりも、日本は四季がはっきり異なっていますから、同じスリッパを一年中履くわけにはいないですよね。

トーガサさん:そうですね。ですが、それはやはり完全に文化の一部となっていることになりますよね。

代理大使:そういうふうに、日本人は文化を大切にしていると思います

Y:確かにそういう面はあるかもしれませんね。若いうちは、西欧の文化にあこがれていたりしますが、家を建てる頃になると、いくつかの部屋を畳にする人が多いですね。とても西欧式生的な生活をしている人でも、そうする人が多いです。

2010/12/29(Wed) | インタビュー | トラックバック(-) | コメント(0) | page top↑
駐日ハイチ代理大使ウィネアー・ジャン・バティスト氏インタヴュー(1)
2010年1月12日16時53分(現地時刻)マグニチュード7.0の大地震がハイチ共和国を襲いました。死者20万人以上という大災害は、2010年最初に入ってきた衝撃的なニュースだったのではないでしょうか?そして、10月にはコレラが大流行したことはみなさんの記憶にも新しいと思います。
世界の医療団は、地震発生当初から現地での医療支援、そしてコレラ発生時には早急な対応をしてきました。現在も現地の保健省との連携の下、支援活動は続いています。

世界の医療団日本事務局でボランティアをしているYさんから、ハイチの現状をお伝えするべく駐日ハイチ臨時代理大使へのロングインタビューが届きました。

お忙しい中、インタビューに快く対応してくださった代理大使バティスト氏、アンジェル・トーガサさんにお礼を申し上げたいと思います。ありがとうございました。

実はWord文書13ページ(!)に渡ったインタビュー記事ですが、せっかくなのでノーカットで4回に分けて載せていきたいと思います。前半は文化の話題なども混ぜつつ、後半はいよいよ災害についても具体的なお話を伺っています。最後にはハイチ地震の規模を示す衝撃的なお話も。。。

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ハイチの現状について
駐日ハイチ共和国大使館臨時代理大使ウィネアー・ジャン・バティスト氏インタヴュー

 ハイチ地震についてのインタヴューの許可をハイチ大使館に電話で依頼したところ、現在、大使館のトップとして日本に赴任されている代理大使のウィネアー・ジャン・バティスト氏は、過密なスケジュールを調整し、快く対応して下さることとなった。

 ハイチは、日本にとって遠い国である。ほとんどの情報は日常的にわれわれの元には入ってこない。そのような国で、現在の日本では予想もつかない規模の地震が起きたとしても、その情報がまれにニュースで流れたとしても、それがどのような事態であるのか、感覚として、われわれに理解することは難しいようである。そのことを私は、知人たちと話しをしながら、肌で感じることがよくあった。たとえば、現在ハイチで流行っているコレラについて触れると、ある者は言った。「衛生観念がなくて、ちゃんと手を洗ったりしないからだろう。」地震で家々が破壊されていることを語ると、別の者は言った。「どこかの南の国では、自分の家が天災で破壊されると、国から支援金が出て、もっと良い家が買えるって喜んでいるみたいよ。国民が、そういうキャラクターだったら良いのにね。」そんな反応を聞くたびに、私はとっさに適切な言葉が見つけられず、黙ってしまったものだった。ただ、「何も理解していない」という印象を受けたものだ。特に、この知人たちが、知的部類に入る人物たちであることを考えると、つまるところ、このくらいの感覚をほとんどの日本人が持っているということなのかもしれないとも思えた。このインタヴューの読者の方たちが、ハイチでこの一月から起きたこと、そして、現在起こっていることについて、皮膚感覚で理解を深めてくれることが私の願いである。

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 ところで、インタヴューの当日、初めて訪れることとなった駐日ハイチ大使館を探していると、昼食時を過ぎているにもかかわらず、適当なレストランを探して楽しそうに話をしている二人の外国人とすれ違った。とても感じの良い人たちだと思ったが、実はその一人が臨時大使であり、後で分かったのだが、もう一人の品の良い女性が、彼がわざわざ私のインタヴューのために呼んでくれたアンジェル・トーガサさんであった。大使館に着くなり、代理大使からの電話を秘書が私に回してくれ、指示されたこのレストランに到着すると、扉のところまで出てきてくれた代理大使が、笑顔で私を出迎えてくれた。

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駐日ハイチ代理大使バティスト氏 (ボランティアYさん撮影)

 このようなかしこまらない場所で話しを始めることも、彼の配慮であった。それらのことを、大使館に帰るまで私は何も理解していなかった。彼は言った。「一人よりも二人の方が、包括的な理解ができるでしょう?」代理大使の人柄と、そして、何よりも、ハイチの状況をぜひとも多くの日本人に理解して欲しいという彼の思いが伝わってくる出来事であった。

バティスト氏は、私のインタヴューに際し、日本でほとんど知られていないハイチという国についても語りたいという希望をお持ちだったので、そうした内容も交えながら、レストランでの私たちの会話からお伝えしようと思う。

☆☆☆

インタビュアーY(以下 Y):ハイチはドミニカ共和国の隣にある国ですよね。

駐日ハイチ大使館臨時代理大使ウィネアー・ジャン・バティスト氏(以下 代理大使)
:そうですね。でも、注意しなければいけないのは、間違い易いのですが、ドミニカ島(サン・ドミンゴ島)とドミニカ共和国があるということです。大きな島で、二つの部分に分かれています。一つは、17、18世紀にフランスに植民地にされたフランス圏で、ハイチになった部分です。それと、ドミニカ共和国の部分です。
この二つの圏の文化はまったく異なっています。


アンジェル・トーガサさん(以下トーガサさん):その通りです。まったく違いますね。

代理大使:ドミニカ共和国の方も、スペイン語を話しますが、国民は、彼らのルーツであるアフリカ文化にそれほどこだわっているわけではありません。彼らは、混血ですからね。一方、ハイチの方は、独立から今日まで、アフリカが遠いとしても、ずっとアフリカ文化にこだわりを持って来ました。われわれは、アフリカの出身ですからね。宗教は、ボドゥー教です。要するに、日本で言うと、神道のようなものですね。この点については、彼女に話してもらいましょう。二つの宗教についてよく知っているでしょうから。(彼女は、日本人の夫と結婚し、40年近く日本に住んでいる。)

トーガサさん:要するに、アニミスムです(アニミスム:原始宗教で、無生物も生命や霊魂をもっているという考え)。

代理大使:そうです。アニミスムですね。ハイチ人は、太陽や植物などを崇めています。神道と同じようなものです。死者崇拝の信仰でもあります。理解しづらいかもしれませんね。彼女に説明してもらいましょう。

Y:いえ、私も少し存じております。学生のときに、ミッシェル・レリスという作家を多少研究しておりまして、フランスの作家なのですか、ご存知ですか?彼は、詩人ですが、人類学的な作品を多数残していて、その中で、ハイチのボドゥー教についてもかなり書いていましたから、興味をもっておりました。

代理大使:そうですね。彼は、民間宗教についてかなり研究しておりましたね。

トーガサさん:たとえば、日本では、お盆なども、民間宗教の一つですよね。

代理大使:トーガサさん、私はね、8月15日の休みに、お盆の儀式に参加するために招待を受けましたが、その儀式は、まさにジェロワヌの儀式そのものでしたよ。ここからさほど遠くない、一般のご家庭に私は招待されました。その方たちの家に入るなり、私たちはすぐに、祭壇の前に行きまして、お線香とお供えをしまして、口を濁したような話し方をし(笑い)...

トーガサさん:ためらったような、はっきりしない言い方をするんですね。

代理大使:それは、まさにハイチのボドゥー教のやり方ですよ。

トーガサ:それは文化ですよね。日本もそうではないですか?お盆は、宗教でもありますが、文化の一部ではないですか?

Y:お盆は、むしろ文化ですね。

トーガサさん:そうですよね。私は今、バリにいます。その国のヒンドゥー教についてですが、私たちと一緒に仕事をしている家には皆、祭壇がありまして、毎朝、毎晩、お供えをするんです。花と食べ物を自分たちが食事をする前にお供えをします。神道と同じようにです。お線香も上げます。むしろ、習慣のようなものですね。すべての宗教には、このような同じような習慣がありますね。
 私が、日本で一番好きなのは、すべての宗教を受け入れてくれるところです。


代理大使:寛容さですね。日本人は、寛容です。

トーガサさん:バリも同じなんです。彼らには、宗教に対して、同じような寛容さがあります。インドネシアの他の場所が同じようだとは限りません。バリが観光国として発展した理由の一つは、そこにあるように思えます。そこに来て宗教を続けたい人たちが心地良くいられますからね。

代理大使:ですが、文化についての寛容さに関しては、日本は群を抜いているように思いますよ。

トーガサさん:そうですね。それは見事だと思います。

Y:そうでしょうか。

代理大使:そうですよ。神道は文化であり、哲学のようなものですから、それで他の文化や宗教も受け入れるのだと思います。神道で狂信的な活動もありませんよね。
宗教ではなく、狂信的な活動がいつも問題となるのです。イスラム教が良い例ですね。普通のイスラム教徒たちは、非常に穏やかですが、他の宗教を決して受け入れない人たちもいます。あり得ないことですね。


Y:日本について私が残念に思うのは、遠い国々の宗教についての理解が非常に薄いということです。たとえば、おっしゃられたように、イスラム教については、ほとんど知られていません。大部分のイスラム教徒の方たちは非常に友好的で、穏やかなのですが、日本に入ってくるイスラム教の情報、つまり、ニュースや新聞などで日本人が触れることのできるイスラム教徒の情報は、テロがあったときだけですから、日本人は、イスラム教徒というと、危険な人たちで、イスラム教が過激な宗教なのだというイメージを自然にもっているところがあります。

代理大使:そうですね。

トーガサさん:それは日本に限ったことではありませんね。西欧全体についても言えることですね。

Y:私は、駐日セネガル大使館に勤めていたことがあります。ですから..

お二人:ああ、なるほど。

Y:私自身、勤める前と後では、イスラム教についてのイメージがとても変わりました。大部分のイスラム教徒がとても穏やかな人たちなのだということが分かりましたから。

☆☆☆

インタビュー(2)
インタビュー(3)

2010/12/27(Mon) | インタビュー | トラックバック(-) | コメント(0) | page top↑
What Is the What
世界の医療団日本事務局で10年以上に渡り英・仏・日の翻訳ボランティアとして
活躍していらっしゃるLさんによる、おすすめの本のご紹介です。
ご紹介する、Dave Eggers著「What Is the What」は、
エフテル事務局長が横浜の高校で講演した時に学校から寄贈された原書です。

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 皆さんは「ディアスポラ」という言葉をお聞きになったことがあると思います。古代ギリシャでこの言葉は「散らばった人々」を意味しました。ヘブライ語の聖書がギリシャ語に翻訳された時、この言葉は、紀元前7世紀の初めにバビロニア帝国によってイスラエルを追われたユダヤ人、更に紀元70年にはローマ帝国によってユダ王国を追われたユダヤ人を指す言葉として使用されました。今日、ディアスポラは、戦争、飢饉、迫害、その他生命を脅かす様々な理由で祖国を離れて分散する民族の集団脱出や集団移動を指す言葉としてしばしば使用されます。現代のディアスポラの過半数はアフリカ、中でもスーダン、エチオピア、コンゴ民主共和国、ソマリアに集中しています。これ等の国々では、長引く武力紛争が毎年のように難民や避難民を生み出しているからです。
 
 最近、生き延びるために数千マイルの距離を歩き続けた10歳に満たない幼い難民の子供たちの運命、想像を絶する恐怖とアフリカの戦争の残虐行為に満ちた世界を通して現代のディアスポラ物語を描いた本が出版されました。本の題名は「What is The What」訳して「その何かとは何ですか」という、人の好奇心を掻き立てる、どことなく謎めいた題名です。読者自身も読み進むうちに、「何か」とは何であるか知りたくなるでしょう。物語は、スーダン生まれの幼い難民少年が語る実話に基づいて、アメリカ人作家、デーブ エッガーズが少年の信じ難いディアスポラの旅について、その驚くべき真実を自伝風の小説に書いたものです。

 あなたは、家族を殺害し村を焼き払おうと間近に迫る敵の兵士の残虐な行為から逃れるため、真夜中にたったひとり走り続ける主人公と同じ6、7歳の自分を想像することが出来ますか? どこか安全な場所で生き延びて欲しいという願いから、息子のように早く走れない母親が、幼い自分の子供をたったひとり先の見えない未来に送り出す決心をする時の悲痛な思いを想像することが出来ますか? この本が語るのは、6歳の少年時代から、13年後アメリカに永住するまでの恐怖に満ちた運命の全てです。少年の国スーダンはアフリカ大陸で最も面積が広く、今も続く民族間闘争の地、ダルフール地方だけでもスペインと同じ面積があります。東のエチオピアを源流とする青ナイルと南のウガンダを源流とする白ナイルが首都のハルツームで合流してナイル川となり、エジプトを北上して地中海に注ぐ美しい国です。

 そしてスーダンは1955年イギリスからの独立後、アラブイスラム系住民が多く住む北部と、カトリック教徒が多く住む南部との間で内戦状態に陥りました。その間、南部の村々は首都ハルツームからの武装兵によって繰り返し襲撃され、その結果、開戦以来200万人もの一般市民が殺害され、400万人近くが住む家を追われました。民間人の死者の数は、特にダルフールの場合、第二次世界大戦以降に起きた戦争の中で最も多いとされています。国連はダルフール紛争を「20世紀最悪の人道危機」と呼び、国際社会は、1994年のルワンダ大虐殺に匹敵する「ジェノサイド」として非難しています。とりわけ1983年から21年間続いた第二次内戦は、約2万人もの行き場を失った子供たちを生み、その大多数が孤児となりました。国連は、このような行き場の無い子供たちを「スーダンのロストボーイ」と名付けました。本の主人公もその一人です。廃墟と化した村を逃れた子供たちの殆どは10歳以下でした。旅の途中で多くの子供たちが飢えや脱水症状、マラリアで命を落とし、銃弾に倒れる者、森の中でライオンやハイエナの餌食となる者も多数いました。

 物語の終盤、思いがけない劇的な展開で、What is The Whatの答えを知ることになります。是非この本を読んで、戦争の残虐さ、不正の数々、人々の悲しみや苦しみが架空の作り話ではないこと、全てが真実であり、現実であり、進行中であることを知ってください。そして皆で良い方向へ変える努力をすれば世界が変わるという希望を持って、この物語を周囲の出来るだけ多くの人々に語り継いでください。

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2010/12/23(Thu) | おすすめの本・映画 | トラックバック(-) | コメント(0) | page top↑
☆世界の医療団ブログからお知らせ☆
みなさん こんにちは。インターンの武石です。
すっかりご無沙汰してしまいましたが、みなさまいかがお過ごしですか?
2011年ももうすぐそこまで迫ってきていますね。
後一週間とは信じがたいですが、年の瀬…師走…い、忙しいものです(汗

実はブログでご紹介したい記事が溜まっております。。。
さぁ年末年始にかけて、どんどんUPしていきますので、
どうぞよろしくおつきあいくださいませ~!

順不同ですが、インタビューなど今後のUP予定です。

・ボランティアLさんより、オススメ本のご紹介

・先日のラテン・ジャズチャリティーイベントの写真報告

・ボランティアYさんによる、駐日ハイチ共和国大使館
 ウイネアー・ジャン・バティスト臨時代理大使へのロングインタビュー(4回の予定)

・世界の医療団グッズご紹介

などなどお送りしますので、お楽しみに~♪

忘年会も一段落(!?)した頃と思いますが、疲れが出やすいこの時期、
みなさんもどうぞご自愛くださいませ!

 
2010/12/22(Wed) | 事務局より | トラックバック(-) | コメント(0) | page top↑
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