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駐日ハイチ代理大使ウィネアー・ジャン・バティスト氏インタヴュー(5)
今日はハイチ大地震が起こってからちょうど一年。現在も80万人余りの人が生活の立て直しの目処が立たずテントや避難所で生活しています。同じ地球上で起きている忘れてはならないこの事実。大地震から一年を迎えるに先駆けてこちらで掲載してきたボランティアYさんによる駐日ハイチ代理大使のロングインタビュー、最終回になります。

インタビュー(1)はこちら → インタビュー(1)
インタビュー(2)はこちら → インタビュー(2)
インタビュー(3)はこちら → インタビュー(3) 
インタビュー(4)はこちら → インタビュー(4)

☆☆☆

日本政府に対し、望んでいることがないかと訊ねてみたところ、日本の多くの非政府団体が支援活動をしてくれていてありがたいのだが、それぞれがつながりがなく活動をしているので、せっかく努力をしてくれているにもかかわらず、成果が見えにくい状態であるため、全体の統括をし、支持を出すようなことが日本政府にできればお願いしたいということを話しておられた。

Haiti3
(© Medecins du monde)

多くの国が現在ハイチの復興支援のために活動をしているが、壊滅的な被害を受けた首都ポルトー=プランスの再建に関しては、今も建物の残骸の撤去がまったく済んでいない状態なので、新たな建設を始められるのは、当然の事ながら、すべてをきれいに片付け、新地にした後ということになり、遠い先の話になるであろう。残骸の撤去自体に費用がかかっているわけだから、首都全体が残骸となってしまっているような状況では、撤去だけでも先の見えない資金と時間が必要なわけである。

つまり、ポルトー=プランスのキャンプに住む人たちにとっては、生活の改善の見通しがまったく立たない状況であり、さらに一月の大地震で家や仕事、家族を亡くした心の傷の痛みが、災害時から少し時間が立った今、明らかに顕在化して来た時期でもあるのではないだろうか。
そんな状況下、コレラの更なる蔓延から、人々の行き場を失っていた怒りが社会的パニック、暴動という形で現れてきた可能性もあるかもしれない。

このような状況を改善するには、代理大使がおっしゃっていたように、コレラの問題を含めて、必要なものに対して、正しい知識を与えることは非常に重要な要素の一つであろう。ただ、それだけでは、先の見えない状況が続いていることから、当然、人々が持たざるを得ない不安を取り除くことはできないであろう。教育を受けたい若者たちに対して、教育の機会を設けることや、仕事の機会をハイチの外から提供できるような、なんらかの措置を取ることができれば、この国が自力で立ち直る最初の一助となる可能性もあるかもしれない。

ところで、一般の人たちに起きたことについて、私たちに皮膚感覚で理解できるようなエピソードを代理大使にお願いしたところ、彼の幼馴染について語ってくれた。

その男性は、ある学校の守衛だったが、地震で両親と妻、三人の子供を亡くした他、勤めていた学校も破壊され、機能していない状態なので、仕事も失ってしまった。だが、国の三分の一の人々が同じような状況であるため、当然、国から彼に対して、失業保険が支払われることはないそうである。

☆☆☆

ご多忙のなか、インタビューを快諾してくださった代理大使バティスト氏、アンジェル・トーガサさんに改めてお礼を申し上げたいと思います。ありがとうございました。

一日も早くハイチの国民に笑顔が戻ることを祈って・・・


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2011/01/12(Wed) | インタビュー | トラックバック(-) | コメント(0) | page top↑
駐日ハイチ代理大使ウィネアー・ジャン・バティスト氏インタヴュー(4)
世界の医療団日本事務局でボランティアをしているYさんによる駐日ハイチ臨時代理大使へのロングインタビューの後半をお届けします。インタビュー1~3は以下をご覧下さい。

インタビュー(1)はこちら → インタビュー(1)
インタビュー(2)はこちら → インタビュー(2)
インタビュー(3)はこちら → インタビュー(3) 

☆☆☆

~ハイチの現状について~

(大使館にて。ここからは、代理大使のみとのインタヴューになります)

駐日ハイチ大使館臨時代理大使ウィアー・ジャン・バティスト氏(以下 代理大使):基本的な情報についてお話しましょう。震源地となるレオガンは、ポルトー=プランスから30キロの位置にあります。とても小さな村です。ここを震源とする地震で、ポルトー=プランスでは、150万人が住居を無くし、また、30万人の死者が出ました。そして、現在何が一番問題かというと、心の問題です。狂気ですね。どの病院かというと名前を挙げることはできませんが、病院にはどんどん心の病で収用される人が増えてきています。
 
代理大使:コレラについて言いますと、ゴナイブですね。ここを河が流れておりまして、重要な河なんですが、アーチボニー河と言います。主にネパール人兵士たちがここでキャンプを張っているのですが、まあ、ネパール人兵士だけでなく、いろいろな国の兵士が来て下さっているのですが、生活をしながら、この河に汚物を流すということがあります。ですが、この河の水をすべての国民が生活上で使用しており、飲み水にもしております。コレラの最初の患者を出す原因となったのは、これです。10月に何人かの患者が出ました。根本的な問題はここなんですよ。ゴナイブです。保健衛生局が突き止めた情報です。ハイチでは、公にはしておりませんけれどね。ですから、ここには衛生上の問題があったわけです。今は、それが分かっていますから、その点については管理されるようになり、死者は出ておりません(これは、インタヴューを行った当時の情報で、その後、コレラ患者が急速に増え、死者も多数出ることとなる。以下の内容も当時の状況について語られている)。コレラに罹った患者はおりますが、病院で治療を受けることができております。3300人が治療を受けておりますがね。月曜の朝に入って来た数字ですが。北部にも南部にも患者はおりません。


インタビュアーY(以下Y):ということは、ゴナイブだけに患者がいるということですか?

代理大使:そうです。ゴナイブだけです。ここが中心地で、他にはおりません。

Y:たとえば、あなたの立場から「世界の医療団」に望んでいらっしゃることなどはございますか?

代理大使:「世界の医療団」は、とても積極的に活動して下さっていますよね。ハイチですでに6つの団体が活動して下さっています。たとえば、コレラに関して言いますと、「世界の医療団」は、事情に精通しているわけですから、薬など、状況に応じて必要なものを提供して下さればと思っています。

Haiti5
(© Medecins du monde)

Y:人々の啓蒙活動なども望んでいらっしゃいますか?つまり、コレラ感染を防ぐための方法について、人々に正しい知識を与えるといったことですが。

代理大使:そうですね。啓蒙活動は大切ですね。医療施設が近くにない人たちもいるわけですし、それに、何よりも正しい知識を与えると、それが安心材料になります。コレラ感染に対して、こうすれば心配ないのだという安心感を人々に与える必要があります。パニックを引き起こす可能性がありますからね

Y:その理由は、人々が多かれ少なかれ、心の傷をもった状態だからでしょうか。それで、特に安心感を与えることが重要だということなのでしょうか。

代理大使:そうですね。それがとても重要です。非常に重要なことです。

Y:私たちにとっては、多くの人が同じキャンプに暮らしているというのは、なかなか想像できない状況ですね。

代理大使:そうですね。当然、長く住めるような住居を探す活動は始まっているのですが、時間がかかりますね。活動はしているのですが、そのためにやらなければならないことが山済みだという状況です

Y:国のさまざまな建物自体が破壊されている状況ですからね。

代理大使:その通りです。すべての省庁の建物が破壊されています。すべての省庁です。省庁、主な大学が破壊されています。首都のポルトー=プランスには、約三分の一の国民が住んでいます。ちょっと東京と同じような感じですね。ポルトー=プランスには、300万人が住んでいます。ハイチ全体で、900万人ですから、約三分の一ということになりますね。ということは、つまり、国の三分の一が地震の被害に遭っているということです。

Haiti2
(© Reuters Eduardo Munoz)

Y:若者が皆、首都に来たがるということは、それだけ、首都には求人の可能性があるということですか?

代理大使:おっしゃる通りです。地方では、都会よりも質の良い生活ができますがね、ただ、お金には結びつかないのです。また、地方に比べるとポルトー=プランスには多くの社会事業もあります。また、高校を出ると、高等教育を受けるためにも、若者たちはポルトー=プランスに出てきます。大学は、地方にはありませんからね。ですが、もうご存知のように、大学はすべて破壊されていますから、首都にも大学は無い状態で、若者たちは、路上に投げ出されています。

Y:私は去年父を亡くしまして、母が一人で田舎に住んでおり、非常に質素な生活をしておりますが、小さな庭がありますので、そこで野菜を栽培しており、野菜に関しては、ほとんど買わずに済んでいる状態ですので、田舎でしたら、母は今の経済状態でも、楽に生活することができています。ですが、母が同じ生活費で都会に住むとなると、仕事が無い限り、それは不可能だろうと思いますが。

代理大使:そうですね。それは不可能でしょう。ポルトー=プランスの家賃は高いです。ですから、普通に中心街に家を構えることは難しいですから、多くの場合は、スラム街に住むわけですから、生活の質に関しては、田舎に比べると良いわけではありませんね。ですが、とにかく田舎では、仕事が無いわけです。
 こうした状況が、ハイチという国を発展途上国にしてしまっているわけです。すべてが首都に集中してしまっているわけですから。海外に渡航するにも、ポルトー=プランスに来なければできませんからね。
 
代理大使:現在では、地方分権がスローガンとして叫ばれており、それは、本当に必要なことだと考えています。少なくとも、自分たちが生まれたところに大学機関があることが望ましいことですね。とにかく、若者たちが都会に出てくる一番の理由はそれですから。お話しましたように、高校を卒業すると、その上の教育機関は地方にはありませんからね。あなたのご出身の茨城県には、大学があるでしょう?僕は、茨城に行ったことがありますよ。小さな村でしたがね、ちゃんとした生活と文化があると感じました。そうした状況が必要ですね



2011/01/10(Mon) | インタビュー | トラックバック(-) | コメント(0) | page top↑
駐日ハイチ代理大使ウィネアー・ジャン・バティスト氏インタヴュー(2)
昨日に引き続き駐日ハイチ臨時代理大使バティスト氏のインタビューをお届けします。4回連続で…と考えていましたが、1~3は年内に、4~5は年始にupする予定ですので、最後まで続けて読んでいただけたら嬉しいです。

インタビュー(1)はこちらをどうぞ → インタビュー(1)

☆☆☆

駐日ハイチ大使館臨時代理大使ウィネアー・ジャン・バティスト氏(以下 代理大使)
:情報は、情報というものは重要なものですよね。というのは、伝染病、つまりコレラについてお話ししたいのですが、これはすべての国に起こりえるものですよね。


インタビュアーY(以下Y):その通りです。発生原因は分かっているのですか?

代理大使:はい。塵ですよ。それから河、水です。住民は水を飲みますからね。

アンジェル・トーガサさん(以下トーガサさん):塵なんですよ。人間がその中で生活しているんです。

Y:大地震の後、インフラストラクチャーが破壊されていて、それできれいな飲料水が得られないということが原因ですか?

代理大使:そうです。そうですね。

Y:特に、先日の大雨の後には、きれいな水を得るのは難しいのではないですか?

トーガサさん:日頃から水を煮沸してから飲むという習慣がついていれば違うのですが...

代理大使:昔は違いましたよね。

トーガサさん:そうですね。昔は住民はちゃんと煮沸してから飲んでおりましたね。

代理大使:10分ほど煮沸すれば、殺菌されますからね。昔はそうしていたのですが

Y:なぜ、現在はしていないのですか?

代理大使:赤ちゃんに、普通の水は上げませんよね。お腹をすぐに壊しますから。必ず、煮沸した水を上げるはずです。それは、水道から得られる水についてもそうです。昔は、赤ちゃんには、必ず煮沸してから上げておりました。哺乳瓶にもそうしなくてはいけませんよね。

Y:彼らがそうしなくなったのは、いつ頃からですか?ごく最近の変化なのですか?

代理大使:1980年代くらいからです。都会でも、田舎でもそうですね。

Y:何か理由はあるのですか?たとえば、何かそうした習慣を止めさせることになった事件か何か、そうしたことがあったのですか?

代理大使:お答えするのが難しいですね。

Y:そうですか。

代理大使:無頓着になった、不注意になったという言葉が適当だと思います.....昔は、もっと伝統的なものを国民は大切にしていたのですよ。年寄りの言うことに敬意を払っていたわけです。たとえば、彼女は、彼女のお祖母さんの言うことには耳を傾け、従っていたわけです。まあ、それはハイチに特別に見られる傾向というわけではないですが、世代間の断絶は重要なポイントですね。たとえば、自分よりも年上の人や叔母さんとかに会えば、昔は必ず頭を下げたものですが、今は、若者はしません。

Y:おそらく、それは世界中どこでもそうかもしれませんね。

トーガサさん:それはですね。若者が田舎を出て行くからです。そして、都市へ集中するんです。文化がなくなりつつあるんです。たとえば、昔は、田舎に行くと必ずコーヒーですが、茶道のようなものがあったんです。皆でテーブルに座って、コーヒーを作って...それは小さな儀式のようなものだったんです。

代理大使:日本の茶道のようなものですよ。

トーガサさん:ほとんど同じようなものですね。

代理大使:コーヒー用の食器や付属品をきれいに整えて。厳かな感じでさえあったんですよ

トーガサさん:ですが、若者たちはそうした田舎の文化を捨てました。

代理大使:茶道と同じように、厳かさと上品さを備えた習慣だったんですよ。

トーガサさん:このコーヒーの時間の習慣は、とても大切にされてきたんです。砂糖を買うお金も普段ない家に、誰かが訪ねてきたとしますよね。すると、この家の人は、すぐに砂糖を買いに行き、客人に必ずこの儀式をしたんです。

代理大使:つまり、この習慣・儀式を大切にしてきたんですね。僕は、広島と長崎に行ったとき、茶道の席にお呼ばれしまして、同じものではありませんがね、でも、その厳かさは、ハイチのコーヒーの儀式と同じものだと感じましたよ。

トーガサさん:貧しい家庭であったとしてもね、この儀式には敬意を払ってハイチ人たちは行って来たんですよ。必ず、食器一式をきれいにしたものを使ってね。ハイチ中、どこでも行われてきたんです。

代理大使:日本は、外に開いた部分と、堅固に文化を守っている面がありますよね。外には開けていなければならないと思います。

Y:グローバリゼーションが世界中で進んでいますから、文化はどこでも失われつつありますよね。

代理大使:そうですね。その言葉はぴったりですね。グローバリゼーション、つまり単一化は、肯定的な面もありますが、文化の面では、否定的に捉えられる点が多く見られますね。

トーガサさん:日本は、西欧の文化を全面的に受け入れて来ましたが、しかし、家の中では、祖父母が居て、日本文化を引き継いで来ていますよね。近代的な家であっても、すべての家では、私が日本に来たときですが、1963年に私は日本に来ましたが、すべての家に畳の部屋がありました。少なくとも一部屋は畳の部屋がありましたね。コタツやそんなものがあって...

Y:ですが、やはり、日本でも、若者層は....

代理大使:変わったということですか?どこでも、ある程度はそうですがね。

トーガサさん:ですが、私が感じるに、生活の仕方にいまだにとても日本的だといえるものがあると思うんです。たとえば、家の中では、夏と冬では、スリッパを変えますよね。食器も四季ごとに変えたりします。

Y:それは、文化というよりも、日本は四季がはっきり異なっていますから、同じスリッパを一年中履くわけにはいないですよね。

トーガサさん:そうですね。ですが、それはやはり完全に文化の一部となっていることになりますよね。

代理大使:そういうふうに、日本人は文化を大切にしていると思います

Y:確かにそういう面はあるかもしれませんね。若いうちは、西欧の文化にあこがれていたりしますが、家を建てる頃になると、いくつかの部屋を畳にする人が多いですね。とても西欧式生的な生活をしている人でも、そうする人が多いです。

2010/12/29(Wed) | インタビュー | トラックバック(-) | コメント(0) | page top↑
駐日ハイチ代理大使ウィネアー・ジャン・バティスト氏インタヴュー(1)
2010年1月12日16時53分(現地時刻)マグニチュード7.0の大地震がハイチ共和国を襲いました。死者20万人以上という大災害は、2010年最初に入ってきた衝撃的なニュースだったのではないでしょうか?そして、10月にはコレラが大流行したことはみなさんの記憶にも新しいと思います。
世界の医療団は、地震発生当初から現地での医療支援、そしてコレラ発生時には早急な対応をしてきました。現在も現地の保健省との連携の下、支援活動は続いています。

世界の医療団日本事務局でボランティアをしているYさんから、ハイチの現状をお伝えするべく駐日ハイチ臨時代理大使へのロングインタビューが届きました。

お忙しい中、インタビューに快く対応してくださった代理大使バティスト氏、アンジェル・トーガサさんにお礼を申し上げたいと思います。ありがとうございました。

実はWord文書13ページ(!)に渡ったインタビュー記事ですが、せっかくなのでノーカットで4回に分けて載せていきたいと思います。前半は文化の話題なども混ぜつつ、後半はいよいよ災害についても具体的なお話を伺っています。最後にはハイチ地震の規模を示す衝撃的なお話も。。。

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ハイチの現状について
駐日ハイチ共和国大使館臨時代理大使ウィネアー・ジャン・バティスト氏インタヴュー

 ハイチ地震についてのインタヴューの許可をハイチ大使館に電話で依頼したところ、現在、大使館のトップとして日本に赴任されている代理大使のウィネアー・ジャン・バティスト氏は、過密なスケジュールを調整し、快く対応して下さることとなった。

 ハイチは、日本にとって遠い国である。ほとんどの情報は日常的にわれわれの元には入ってこない。そのような国で、現在の日本では予想もつかない規模の地震が起きたとしても、その情報がまれにニュースで流れたとしても、それがどのような事態であるのか、感覚として、われわれに理解することは難しいようである。そのことを私は、知人たちと話しをしながら、肌で感じることがよくあった。たとえば、現在ハイチで流行っているコレラについて触れると、ある者は言った。「衛生観念がなくて、ちゃんと手を洗ったりしないからだろう。」地震で家々が破壊されていることを語ると、別の者は言った。「どこかの南の国では、自分の家が天災で破壊されると、国から支援金が出て、もっと良い家が買えるって喜んでいるみたいよ。国民が、そういうキャラクターだったら良いのにね。」そんな反応を聞くたびに、私はとっさに適切な言葉が見つけられず、黙ってしまったものだった。ただ、「何も理解していない」という印象を受けたものだ。特に、この知人たちが、知的部類に入る人物たちであることを考えると、つまるところ、このくらいの感覚をほとんどの日本人が持っているということなのかもしれないとも思えた。このインタヴューの読者の方たちが、ハイチでこの一月から起きたこと、そして、現在起こっていることについて、皮膚感覚で理解を深めてくれることが私の願いである。

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 ところで、インタヴューの当日、初めて訪れることとなった駐日ハイチ大使館を探していると、昼食時を過ぎているにもかかわらず、適当なレストランを探して楽しそうに話をしている二人の外国人とすれ違った。とても感じの良い人たちだと思ったが、実はその一人が臨時大使であり、後で分かったのだが、もう一人の品の良い女性が、彼がわざわざ私のインタヴューのために呼んでくれたアンジェル・トーガサさんであった。大使館に着くなり、代理大使からの電話を秘書が私に回してくれ、指示されたこのレストランに到着すると、扉のところまで出てきてくれた代理大使が、笑顔で私を出迎えてくれた。

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駐日ハイチ代理大使バティスト氏 (ボランティアYさん撮影)

 このようなかしこまらない場所で話しを始めることも、彼の配慮であった。それらのことを、大使館に帰るまで私は何も理解していなかった。彼は言った。「一人よりも二人の方が、包括的な理解ができるでしょう?」代理大使の人柄と、そして、何よりも、ハイチの状況をぜひとも多くの日本人に理解して欲しいという彼の思いが伝わってくる出来事であった。

バティスト氏は、私のインタヴューに際し、日本でほとんど知られていないハイチという国についても語りたいという希望をお持ちだったので、そうした内容も交えながら、レストランでの私たちの会話からお伝えしようと思う。

☆☆☆

インタビュアーY(以下 Y):ハイチはドミニカ共和国の隣にある国ですよね。

駐日ハイチ大使館臨時代理大使ウィネアー・ジャン・バティスト氏(以下 代理大使)
:そうですね。でも、注意しなければいけないのは、間違い易いのですが、ドミニカ島(サン・ドミンゴ島)とドミニカ共和国があるということです。大きな島で、二つの部分に分かれています。一つは、17、18世紀にフランスに植民地にされたフランス圏で、ハイチになった部分です。それと、ドミニカ共和国の部分です。
この二つの圏の文化はまったく異なっています。


アンジェル・トーガサさん(以下トーガサさん):その通りです。まったく違いますね。

代理大使:ドミニカ共和国の方も、スペイン語を話しますが、国民は、彼らのルーツであるアフリカ文化にそれほどこだわっているわけではありません。彼らは、混血ですからね。一方、ハイチの方は、独立から今日まで、アフリカが遠いとしても、ずっとアフリカ文化にこだわりを持って来ました。われわれは、アフリカの出身ですからね。宗教は、ボドゥー教です。要するに、日本で言うと、神道のようなものですね。この点については、彼女に話してもらいましょう。二つの宗教についてよく知っているでしょうから。(彼女は、日本人の夫と結婚し、40年近く日本に住んでいる。)

トーガサさん:要するに、アニミスムです(アニミスム:原始宗教で、無生物も生命や霊魂をもっているという考え)。

代理大使:そうです。アニミスムですね。ハイチ人は、太陽や植物などを崇めています。神道と同じようなものです。死者崇拝の信仰でもあります。理解しづらいかもしれませんね。彼女に説明してもらいましょう。

Y:いえ、私も少し存じております。学生のときに、ミッシェル・レリスという作家を多少研究しておりまして、フランスの作家なのですか、ご存知ですか?彼は、詩人ですが、人類学的な作品を多数残していて、その中で、ハイチのボドゥー教についてもかなり書いていましたから、興味をもっておりました。

代理大使:そうですね。彼は、民間宗教についてかなり研究しておりましたね。

トーガサさん:たとえば、日本では、お盆なども、民間宗教の一つですよね。

代理大使:トーガサさん、私はね、8月15日の休みに、お盆の儀式に参加するために招待を受けましたが、その儀式は、まさにジェロワヌの儀式そのものでしたよ。ここからさほど遠くない、一般のご家庭に私は招待されました。その方たちの家に入るなり、私たちはすぐに、祭壇の前に行きまして、お線香とお供えをしまして、口を濁したような話し方をし(笑い)...

トーガサさん:ためらったような、はっきりしない言い方をするんですね。

代理大使:それは、まさにハイチのボドゥー教のやり方ですよ。

トーガサ:それは文化ですよね。日本もそうではないですか?お盆は、宗教でもありますが、文化の一部ではないですか?

Y:お盆は、むしろ文化ですね。

トーガサさん:そうですよね。私は今、バリにいます。その国のヒンドゥー教についてですが、私たちと一緒に仕事をしている家には皆、祭壇がありまして、毎朝、毎晩、お供えをするんです。花と食べ物を自分たちが食事をする前にお供えをします。神道と同じようにです。お線香も上げます。むしろ、習慣のようなものですね。すべての宗教には、このような同じような習慣がありますね。
 私が、日本で一番好きなのは、すべての宗教を受け入れてくれるところです。


代理大使:寛容さですね。日本人は、寛容です。

トーガサさん:バリも同じなんです。彼らには、宗教に対して、同じような寛容さがあります。インドネシアの他の場所が同じようだとは限りません。バリが観光国として発展した理由の一つは、そこにあるように思えます。そこに来て宗教を続けたい人たちが心地良くいられますからね。

代理大使:ですが、文化についての寛容さに関しては、日本は群を抜いているように思いますよ。

トーガサさん:そうですね。それは見事だと思います。

Y:そうでしょうか。

代理大使:そうですよ。神道は文化であり、哲学のようなものですから、それで他の文化や宗教も受け入れるのだと思います。神道で狂信的な活動もありませんよね。
宗教ではなく、狂信的な活動がいつも問題となるのです。イスラム教が良い例ですね。普通のイスラム教徒たちは、非常に穏やかですが、他の宗教を決して受け入れない人たちもいます。あり得ないことですね。


Y:日本について私が残念に思うのは、遠い国々の宗教についての理解が非常に薄いということです。たとえば、おっしゃられたように、イスラム教については、ほとんど知られていません。大部分のイスラム教徒の方たちは非常に友好的で、穏やかなのですが、日本に入ってくるイスラム教の情報、つまり、ニュースや新聞などで日本人が触れることのできるイスラム教徒の情報は、テロがあったときだけですから、日本人は、イスラム教徒というと、危険な人たちで、イスラム教が過激な宗教なのだというイメージを自然にもっているところがあります。

代理大使:そうですね。

トーガサさん:それは日本に限ったことではありませんね。西欧全体についても言えることですね。

Y:私は、駐日セネガル大使館に勤めていたことがあります。ですから..

お二人:ああ、なるほど。

Y:私自身、勤める前と後では、イスラム教についてのイメージがとても変わりました。大部分のイスラム教徒がとても穏やかな人たちなのだということが分かりましたから。

☆☆☆

インタビュー(2)
インタビュー(3)

2010/12/27(Mon) | インタビュー | トラックバック(-) | コメント(0) | page top↑
ボランティア紹介第三弾
こんにちは!

やっと暖かくかくなってきましたね~
この時期になる「世界の医療団」も様々なイベントに参加するのですが、そんな時
大活躍なのがボランティアの方たち。
今回はボランティアアンケート、一問一答の第三段です♪

アンケート内容は以下の通り。

Q1. いつからボランティアをしていますか?
Q2. 仕事内容は?
Q3. 世界の医療団でボランティアをはじめたきっかけは?
Q4. 事務局の雰囲気をひとことで言うと?
Q5. ボランティアをやって感じたこと
Q6. 最近気になること(ニュース、国、食べ物など何でも)
Q7. お勧めの映画または本をひとつ!
Q8. ひとこと


事務局ボランティアのさよこさん

A1. 今年の1月の終わりから、週1回のペースでボランティアをさせていただいています。

A2. 寄付をくださった方の記録をしています。

A3. 世界の医療団の職員の関さんは、私が中学1年生の時の英語の先生で、久し振りに先生とお会いした時に世界の医療団のボランティアを進めていただいたのがきっかけです。

A4. 明るくて親しみやすいです。でも、仕事に対しては厳格で、大学生の私にはとてもよい社会勉強になります。

A5. 世界には、今日一日を生きる為に闘っている人が沢山いるということ、そして、その人々を支えようと募金をしてくれる人がいることを、このボランティアを通してひしひしと感じ、私にも何か出来ることはないだろうかと、ボランティアを始める前よりも強く思うようになりました。

A6. 個人的なことですが、レアメタルと、中学の頃からずっとアフリカについてとても興味があります。

A7. 曽野綾子さんの『貧困の光景』『貧困の僻地』です。

A8. 読んでいただいてありがとうございます。あなたに幸あれ!


事務局ボランティアのMHさん

A1. 今年の2月。

A2. スマイル作戦ボランティアコーディネーター、通訳。

A3. 友人を通して世界の医療団の事を知り、興味を持った。

A4. 輝かしい女性のパワーと熱気!

A5. チームと一丸となって活動をしていると、不思議にエネルギーが湧いてきて、(ボランティアを行った○○では)東京にいる時よりはるかに元気だった

A6. 日本文化の奥深さ!

A7. Eat Pray Love (話題:食べて祈って恋をして)

A8. 世界の医療団は人道支援、そしてアドボカシーという大きな目標に向かって地道に活動しています。一時間でも一日でもご協力頂ければこの目標に近づくことができます。


さよこさん、MHさんどうもありがとうございました!!
MHさんのA4.「輝かしい女性のパワーと熱気!」とあるのですが、MDMのオフィスは殆どが女性♪
初めて来た時は男性の少なさに驚かされていたのですが、女性たちだからこそあるパワーと
エネルギーが感じられると思います。
でももちろん、男性に対して排他的、というわけではありませんよ☆笑

ボランティアアンケート次回もお楽しみに!

2010/06/03(Thu) | インタビュー | トラックバック(-) | コメント(1) | page top↑
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